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4.民主憲法について
『新憲法と国民の義務』
権利と義務は楯の両面である。権利がこんなに大きくなったのだから、義務もふえたかというと、これは案外で国民の権利義務を規定した第3章の中で義務の規定は第12条・・・第26条第2項・・・第27条・・・第30条・・・という4箇条だけである。
しかし、義務条項が少ないからといって油断してはいけない。この憲法が保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならないという、この義務を全うすることは、決してなまやさしいことではない。また国民はこの権利自由を濫用してはならないという義務も、よほどの反省心と自制心がなければ果たすことはできない。現に一部の人々の間に、権利自由をはき違えた濫用が既に始まっているように見える節がある。常に公共の福祉のためにこれを利用する責任もまたきわめて重要なつとめで、日本国民にこの責任が負えるか負えないかで、日本民主化の成敗は決すとさえ思われる。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和22年)、『尾崎咢堂全集第十巻』40頁より。
『新憲法の実-人権宣言』
戦争放棄を新憲法の花とすれば、国民の権利義務を規定した第3章は新憲法の実である。その第11条以下第40条に及ぶ自由と権利の保障は、いかなる国家の人権宣言よりも、行き届いた徹底したものだといえるであろう。民主主義の基盤である自由平等、生活権の保障は、あげて第3章につくされている。すなわち第3章において、「全ての国民は基本的人権を享有する。この基本的人権は侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」(第11条)ことが約束せられた。また「全ての国民は男女・貧富・貴賊・人種・宗教の別なく、全ての法の下に平等であって、政治的・経済的・社会的関係において差別待遇をせられない」(第14条)ことが約束せられた、また「全て国民は個人として尊重せられる。生命・自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする」(第13条)ことが約束せられた。思想及び良心の自由(第19条)、信教の自由(第20条)、集会・結社及び言論出版その他一切の表現の自由(第21条)、居住・移転・職業選択の自由及び国籍離脱の自由(第22条)、・・・その他、・・・抑留・拘禁・捜査・押収・拷問・虐待・自白の強要等、人の生命身体に関する不当の侵害を防止する約束がいたせりつくせりに書かれている。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和22年)、『尾崎咢堂全集第十巻』39頁より。
『新憲法の花-戦争放棄』
新憲法の花は、なんといっても、第2章の戦争放棄の大宣言であろう。
「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。前項の目的を達成するため、陸海軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」(日本国憲法第2章第9条)
・・・私も多年の平和論者であるが、正直に言って、かくまでに徹底してはいなかった。私はこの原案の作成者と、この原案の冒頭に「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を希求し」という文句を加えて、これを可決した議会に心から敬意を表する。
この条文の審議にあたり、「我が国だけが戦争を放棄しても、他国がこれに賛同しない限り、その実効は保障されぬではないか」という委員の質問に対し、政府は「この規定は、我が国が好戦国であるという世界の疑惑を除去する消極的効果と、国際連合自身も理想として掲げているところの、戦争は国際平和団体に対する犯罪であるとの精神を、我が国が率先して実現するという積極的効果がある。現在の我が国はまだ十分の発言権を持って、この後段の積極的理想を主張しうる段階には達していないが、必ずや、いつの日にか、世界の支持を受けるであろう」と答えたと報せられたが、この答えもまことに結構である。ただ一言、老婆心を持って言っておきたいことは、この一片の文章を見ただけでは、我が国を好戦国であるとする世界の疑惑を取り除く事はできないであろうということである。このうえは、日本人の生活のあらゆる面において、我々が真の平和愛好者であることを、実践を通して証明しなければならぬ。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和22年)、『尾崎咢堂全集第十巻』38頁より。
『制度と思想』
民政維新に最も必要なものは批判的精神である。・・・行動する前にまず批判せよ。それが誰からの命令・指令であろうとも、一度自分の良心のふるいにかけて、しかるのちに行動する。そして、その行動に対しては、どこまでも責任をとる覚悟を持った人々によってのみ、民政維新の大事業は成し遂げられるのである。
・・・立憲制度は輸入したが、これを運用する精神は輸入しなかった。近代文明の皮相は学んだが、これを生むにいたった根本の精神を学ばなかった。
・・・民政維新は、・・・進んで精神革命にまで徹底しなければならぬ。民主憲法はできたが、民主思想は消化しきれなかったのでは、すぐに行き詰まってしまう。百年はおろか千年万年経っても、制度と思想のくい違いから、国家の進運を行き詰まらせることのないように、必死の努力をかたむけねばならぬ。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和22年)、『尾崎咢堂全集第十巻』54頁より。






